MESHサポートチャリティーコンサートで!

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            ZUKANさんと        砂川恵理歌さんと

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                    All japan goithさんと  

   

  4月25日・26日と両日にわたり、糸満観光農園でMESHサポートチャリティーコンサートがありました。

県内アーティストの方々や、それを企画していただいた青年団の方々がMESHサポートへのチャリティーイベントをしてくれたのです!?(^o^)

ご協力いただきました皆様、チケット購入していただいた皆様、チケットを配っていただいた皆様、すべての関係者様に、まずはお礼と感謝を申し上げます!m(__)m

そして、寒い中(T_T)、本当にお疲れ様でした!

(北条司先生(シティーハンター)にも応援のメッセージ色紙を頂きました!)

 

改めて、命の尊さを思う気持ちと、人と人の繋がりの大切さ、大きさの意味を肌で感じました。そして、これだけの大勢の人たちがMESHを応援してくれているんだと知り、励みになりました。

 

CA3C0040.JPG CA3C0038.JPG                  みんなで蘇生にチャレンジ!      胸骨圧迫、でぇ?じ上手!

会場では他に、パネル展示や心肺蘇生法講習会なども行っていました。

  

心肺蘇生法講習会では子供たちが興味を示し、楽しんで学んでいました。今のうちから、このような学習をして、命の尊さを学んでもらう事が、将来の救急医療への光となると感じました。

パネル展示では、ちょっと生々しい写真もありましたが、私はご来場していただいた皆様に目を背けることなく、ありのままの本当の現場を知ってもらい、救急医療を考えていただけたらと思い、選んで展示いたしました。

 

2日間、寒い中ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました、重ねて感謝いたします!

 

たくさんの方がMESHに集い、そして、繋がっていく・・・

筒井

 

MESHブログ

 

MESH再始動へ。。。

 

1年かかった。この間にいったい何人の救える命があったのだろうか。

 

必要な最低運航費用として6千万円を集めるのに、1年かかっている。この数字は、「1年も」なのか、「たった1年で」なのかは、僕には判断できない。また、1年間で1000円というお金は、はたして多いのだろうか、少ないのだろうか。

ただ一つ、この活動を通じて考えされられたのは、いったいどれほどの人たちがMESHのことを考え、救急医療を意識してもらえたのだろうか、ということだった。

 

「救急医療」

普通に生活をしていたら、あまり関係のない医療。しかし突然の病気や怪我で必要となる。

突然のことだから、なかなか予防も難しい、でもなりたくてなるわけではない。

「のど元過ぎれば熱さ忘れる」

人間の特徴だろうか、あれほどいやな思いをしても、治ってしばらくしたら、もう他人事のようだ。そしてまた繰り返す。

崩壊寸前の医療業界、救急医療も決して例外ではないのだ。

 

MESHの活動を通じて、こういう状況もみなさんにお伝えでき、考えてもらえたらなぁ・・・

いや、伝えなければならないよなぁ・・・と考えつつ、運休から1年、ついにMESHは空を羽ばたくことになった。

 

いったいどれほどの命が救われ、どれほどの笑顔に出会えるのだろうか。

ただ今は、期待を抱きつつ来るべき日に備え、やるべきことをやるだけだ。

 

筒井

 

サーフィンを通じて

 

久しぶりのブログ更新です。この間、たくさんの出来事がありました。MESH活動も自分の事も。

すごいことも起きていました。

「医療技術指導」という依頼がわれらのボスに来たのです。

現在行われている「本日も晴れ、異状なし」のドラマ撮影の医療場面での指導願いでした。そこになんと!私が行くことになったんです!

気合いを入れて現場に行くと、俳優さんやスタッフの方たちが真剣に撮影をしているところでした。もっと和やかなものだと思っていましたが、ピリピリ感が伝わってくるほどの真剣な現場でした。

ふと次のシーンの準備で休憩になった一瞬、ある有名俳優さんとサーフィンの話で盛り上がりました!そのサーフィンの話をするときの楽しそうな顔が、今でも忘れられないです。その後も数回にわたり、仕事で一緒になることができ、プライベートでも一緒にサーフィンに行ったりと、仲良くさせていただきました。

そして、ドラマのワンシーンをうちの病院で撮影を行うことになり、エキストラとして参加させていただけることになっちゃたんです。僕の役は「石垣厚生総合病院 外科医 武田裕介」でした。Dr-Carで患者を搬送してくるところと、手術出しのため、ストレッチャーで手術室へ入室するところのシーンでした。いや?いい経験というか、思い出になったなぁ?と。。。

同時に、北部のサーフィンショップの店長さんとも仲良くなることができ、逆に店長さんのほうから、「もっと北部の方と関りなさい!北部に救急ヘリは絶対に必要だよ!」と言ってもらえ、言葉に表すことができないほどの感激を覚えました。

サーフィンがもたらしてくれた素晴らしい「輪」。

改めて人と人の繋がりの大切さを感じ、サーフィンの素晴らしさを再認識することができた出来事でした。

筒井

 去る2009年1月16-17日にさいたま市で開催された第14回日本脳神経外科救急学会で、1年間のMESHの救急活動のうちの脳神経外科的疾患を纏めて、発表してまいりました。

 6分間の口演の題目は『僻地脳神経外科救急の初期治療における医師現場出動の有用性』。ヘリやカーで医師・看護師が現場に出動しいち早く患者と接触することによって、より早期から患者のバイタルサイン(血圧・脈拍・呼吸状態などの生命兆候)や神経学的兆候(意識・麻痺など)に基づいた初期治療が開始できる点で、脳神経外科的疾患も他の疾患や外傷と同様である、というのが発表の趣旨です。『脳外科救急も現場から』という文句を最後のスライドにしてみました。

 余談ですが、沖縄の地図で石川あたりを『血管狭窄』、本部半島を『動脈瘤』と表現して、かるい笑いを得た時は、小さくガッツポーズをしました。しかし現実問題、狭窄に関してはまさに沖縄の『人口および医療の狭窄部』と一致しており、まんざら冗談ではないようです。

 発表に対して、『脳外科疾患が疑われる場合、1名しかいない脳外科医が必ず出動するのか?』とのご質問を頂きました。これに対して、『原則として、疾患に関係なくその日のフライト当番の医師が出動するが、院内で待機している専門医と密に通信しながら初療を行い、現場での手術が必要な場合などは、脳外科医による追加出動の準備は出来ている』とご返答いたしました。

 さらにその翌日会場で、ある大学附属病院の中堅医師から、『昨日の発表を聞いた。地元出身の脳外科医2名が帰省就職先を探しているから、MESHを紹介したい』とのご挨拶。まことに恐縮しながら、謹んで名刺を交わしました。

 将来地元沖縄で活躍する希望をもって頑張っている若い脳外科医が複数いる、これはたいへん心強いことです。沖縄も広いので必ずしも当院に来てくれなくてもいい、沖縄の脳外科救急医療が全体として発展すれば。それともう一つ感動したことは、その中堅医師の後輩を思うやさしさと行動力でした。

 素晴らしい人の繋がりの予感とともに、僕もそれまでこの地でまだまだ頑張ってみようという気持ちを頂いた、貴重な2日間でした(留守番してくれた病院のスタッフに感謝)。

                                      (救急部脳神経外科 伊地知 寿)

先日、主に現場出動を行っている施設の医師が集う研究会が東京であり、参加してきた。

 その中で、ロンドンの救急ヘリ(LONDON-HEMS)についての報告があった。その内容で、印象深かったのはふたつ。

 

 ひとつは、彼らにとって、オーバートリアージという言葉は存在しないということ。日本では、ドクターヘリを呼ぶ際に基準を設けて、重症患者を対象としている(軽症患者を重症と考えトリアージすることをオーバートリアージと言う)。だから、実際に、出動すると軽症な時があるが、日本ではこれを「オーバートリアージを容認する」という言葉を使い、ドクターヘリの啓蒙のためと、軽症の中に重症が隠れている見逃しを防ぐために、オーバートリアージという言葉が存在する。

 ロンドンではまさに、ヘリが救急車と同等の救急搬送手段となっているのだろう。

 

 二つめは、ロンドンでのヘリ運行は、主に寄付金やスポンサーによってまかなわれているのだが、数ヶ月の運行資金しか集まらない場合はどうするのか、という質問に対して、「ある資金で運行するしかない、数ヶ月先のことはわからない」との返事だったとの事。この報告の演者は、このことを、とても実行力のある考え方と賞賛していた。

 

 我々のMESHの現状を考えると、寄付金・会員数の増加に伴い、確かに数ヶ月の運行のめどは立ってきたが、航空会社との契約を考えると、数ヶ月単位での再運行は困難であり、他国の彼らの行動をただ単に賞賛して終わる気持ちには、感覚的に程遠いものがある。

 

 私には、ロンドンでの救急ヘリは他国の出来事には感じられない。現在の我々の歩みに、近いものがあり、今まさにその真っ只中という感じだ。

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   20081026日(日)伊江村のミースィ公園で行われた第35回伊江村老人婦人運動会においてMESH救急ヘリ運行協力の募金活動にお招き頂きました。これは、伊江村婦人会(会長;内間美枝氏)から自主的に募金活動のお申し出があったものです。MESHを代表して、当日の診療所勤務と会場の救護班待機を兼ねて、MESHの広報活動を展開してまいりました。

 

 朝から素晴らしい天候(『伊江晴れ』)に恵まれ、ミースイ公園の綺麗に管理され青々と育った気持ちのいい芝生の上で、年齢や体型の問題を感じさせないはつらつとした競技が展開されました(写真1-4)。

 その競技の合間に、全島を8つの区に分けて結成された各チームのテントを訪問し、MESH救急ヘリコプターの現状と問題点などを口頭でご説明して、1000円サポーターと募金へのご協力を訴えました。

 最後に、閉会式でさらに3分の時間をいただき、ご協力のお礼を述べると同時に今後の継続的ご支援(1000円サポーターへの入会)をお願いしてまいりました。

募金総額は約112,348円に上りました。

最後になりましたが、開会式で披露された、内間会長自作の放送原稿(写真5-6)を、添付させていただきます。会長のMESH救急ヘリコプター運行継続に対する熱いお気持ちが伝わってきてたいへん感動させられました。

伊江村婦人会・老人会を始め島民の皆様、そしてお手伝いいただいたスタッフの皆様、ご協力ほんとうにありがとうございました。   (伊地知 寿 記)

 

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先日も東京都で、妊産婦のくも膜下出血の方が、6つの病院で断られ、最終的に亡くなられた。

大都市が医療過疎化している現象か。

以前にも起こった奈良県での妊産婦のたらいまわし事件。

これは、産婦人科だけの問題であろうか?小児科、産婦人科の医師が少ないことが原因なのであろうか。

大阪府でも、心肺停止の患者が、13の病院に断られるという事案が起こっている。

奈良県では、大学を中心として、妊産婦の受け入れを拒否しないような、システム作りを開始しているが、果たしてシステムの構築によって解決できる問題だろうか。都市部では、かえって病院が多く存在し、責任の所在がはっきりしていない現状がある。自分の病院が診なくても、他にも病院があるからいいだろう、という発想である。個々の病院が、救急病院として機能しているのであればいいのだが、救急病院として看板は掲げているのだが、実際は当直のアルバイトの先生が泊まっていて、科が違うからその患者は診れない、というケースもある。

 

かえって、地方あるいは病院が少ない地域ほど、救急車の受け入れは100%に近い。後方病院への搬送手段の問題はあるけれども...

 

国は、本腰を入れて救急医療の問題に取り組まなければならない。また、県単位でも、救急医療体制の構築に力を入れるべきである。

医師会を中心として、夜間の当番制を置き、また、専門の病院を振り分けるなどの対策を講じている地域もあるだろう。

しかし、もし、たらいまわしが発生した場合、その時は、緊急の異常事態(災害など)のモードに変換し、強制的にも患者受け入れを行う体制が必要に思う。災害モードとは、病院の受け入れ態勢(医師、看護師、ベッド数など)をはるかに患者、傷病者の数が多く上回る状況である。オンコールで職員を呼び出し対応することである。

たらいまわし事件を回避する為に、この異常事態発生の危機管理を行う事が重要である。

 

私も、救命センターで仕事をしたこともあるし、夜間診療所的な比較的軽症の多くの患者を診る病院、診療所で働いたという経験もある。使命感に燃え、一生懸命働く人々を見てきた。

しかし、現実に断るケースがあるのは事実であり、断った側にも一方的に責めることが出来ない事情もあるであろう。

大事なことは、もし断らざるを得ない状況であっても、その患者がどういう結末を取るのか、気にかける事が大切だと思う。自分の家族だったらどう対応するだろう。もし、他に受け入れる施設がなかなか見つからない時は、救急隊にまた、連絡を取るように依頼することが患者を救う道だと思う。救急医療は救急を扱う医師だけの問題ではない。医師である以上は責任を持って対応すべき問題と思う。

たらいまわし事件の根幹には、この心の問題も隠れているように思う。

このブログの、「救急の心」はそこにある。

 遠い異国から一家3人で移住してきたのは5年前

その後母親の病気が発覚し1年間の看病生活

昏睡で徐々に衰えていく母親のからだを

無心に拭く父親のかげで

少女はいつも戸惑いがちだった

 

小康状態のある晩、

翌日の発表会の成功を誓って

少女が一瞬帰宅したその合間に

母親の心機能は限界を迎えた

 

駆けつけた親族はたった数名

控えめで物静かだった家族から

堰を切ったように投げかけられる嗚咽・号泣は

異国の言葉

しかし一つ違っていたのは少女から発せられた声

それは、おかあさん...確かな日本語だった

 

ひとしきりの涙のあと

覚えたての化粧を母親の美貌に施して

見送るスタッフに静かに

潤んだ瞳から投げかけた少女の視線は

確かに何かを伝えたそうだった

 

 故郷での大家族の10年間と

3人で海を渡って過ごした5年間

最後の1年間は母親に会うための通院の日々

父親との二人三脚

明日からはそれがどのように変わるのか

願っていいものならば、どうかこの土地を

つらい思い出の地に終わらせないでほしい

 

翌朝父親から携帯に連絡

お通夜の日程の報告とありがとうの言葉

故郷で死ぬより、妻は幸せだったかもと

 

そして、何より嬉しかったのは

母親との最後の別れを前に

少女が予定通りに発表会へ出発したという報告

涙をこらえて、仲間と懸命に演奏する姿を

遠くから拝み、また心が濡れた

 

たくさんの『ありがとう』を残して去っていった家族

そこに僕らの『ありがとう』を加えて

再びこの家族へ贈りたい

 20081015日 救急部・脳神経外科 伊地知 寿)

大学時代に英会話のサークルらしきものを作って、中国出身のカン君や大阪出身のS女史などとやっていたが、飲み会が多くあまり成果の上がらないサークルだった。

思い余って、英会話スクールなどというところにも何度か通ったが、新しい人が入ってくるたびに自己紹介ばかりが多く、また、簡単なゲームなどを取りいれた授業であまり身にならなかった。自己紹介だけがうまくなった。

いくつかのスクールを経験したが、その中で唯一すらすらと英語が頭に入ってきたのは、同じ事を何度も繰り返して読まされたときだった。その時、あれっと思ったのを覚えている。

それでも留学したい気持ちが次第に強くなり、アーストラリアに出発することが決まると、個人指導の英語教室に通い始めた。インドから来ていた留学生できれいな英語をしゃべられるご婦人だった。何かテーマを決め、約1時間会話をするのだが、自然と口から英語が出てくるときもあったが、それは自分の得意分野の話だけだった。留学の面接でオーストラリアに23日で行ってきたが、その時のカンペを彼女に作ってもらった。

留学中は、最初の約1ヶ月で完全にノックアウトを食らい、人嫌いになり、かなり落ち込んでしまった。でも、せっかくここまで来たのだからと、なんとか気持ちを切り替えて(ポジティブ思考ですな...)、乗り切った。病院食堂のおばさんとも仲良くなり、少し食事代をまけてもらったりした。少し、テレビやラジオの音が聞こえるようになったかな、と思っていたが、向こうで買ったラジカセなどを中古で買い取ってもらうときに、なかなか店員さんにわかってもらえずガクッと落ち込んだ時もあった。

 

今も、英語だけはなんとか身につけたいと、必要に迫られ頑張っている。

これまでいろいろ試してみたが、基本となる英語を、たとえば高校時代の「英作基本文例600」など、何度も繰り返し、聞いて、発音して、覚えることだとわかった。

もうこれは勉強などと頭を使う作業ではない。もうきつい、だめだ、限界だあー、などと叫びながら、ひたすら汗を流しながら続ける、筋トレみたいなもんだ。

そう、「ああ、頭使わなくいいんだあ」、と思うと少し気が楽になる。

 

人生遅くはない、これからも頑張るぞ。

Blog08828.jpg前回は救急のスタッフの看護師の筒井君が投稿してくれました。いろいろな人が参加しますので楽しみにして下さいね。

さて、先週は、北九州の救急救命研修所へ講師として行ってきました。
救急隊員が救命士としての研修を行う施設なのですが、日本には東京と北九州に2箇所あります。半年間研修所に住みこんで、合宿のようなかたちで研修を行い、最後の1週間で総合シミュレーションという形で実技試験を行うのです。
今回は、薬剤実習ということで、既に救命士となっている人たちが、5週間の薬剤投与の研修を終え、最後の実技試験でした。
その様子を写真に載せました。
試験の際は、一緒に学ぶ隊員が患者、医師、家族、関係者などの役割を演じ、約20分間の実技を行ないます。
本番さながらの緊張した時間です。彼らの真剣さが伝わってくるので、評価する自分も気が抜けません。

しかし、彼らは、研修を終え地元に帰った後、すぐに薬剤投与ができるのでしょうか。病院実習を行い、実際に心肺停止の患者さんに対する薬剤(エピネフリン)投与を経験して初めて、現場での投与を許されるのです。
地域によっては、心肺停止の患者の症例数に差があり、病院実習中に心肺停止の患者さんに遭遇するのは大変です。
実に、長い道のりです。どうして、こういうことに時間がかかるのでしょうかね。

地域によっては、患者の救命のためにも、救命士が除細動と同様に早期に薬剤が投与できるように、いろいろな対処策を考えているようです。

「早期に治療を開始する」
命に危機が及んでいる時の救命にはもっとも大切なことです。


 
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