川べりでトレッキング中の観光客が、右手背部を「ヒメハブ」に咬まれたとのことだった。
ヒメハブはハブやタイワンハブに比較すると、毒性が弱く、局所の疼痛・腫脹にとどまる場合が多いが、重症化する場合もあり、咬まれたら早期の病院受診がすすめられる。
ヒメハブはハブと違い攻撃性がないため、おとなしくしていると咬まれない事が多いが、存在に気付かず手を伸ばしたりして咬まれる場合がある。
咬まれたときは、2箇所の歯形があることが多く、救急処置は、受傷した側の中枢側(心臓に近い側)をタオルなどでしばり(あまりきつく締めすぎない)、傷口から血を吸い出す。吸い出した血の毒性に対しては心配しなくてもいいといわれている。
既に、前腕部まで腫脹が広がっているとの情報だったので、抗毒素血清(乾燥はぶウマ抗毒素)を持って出動した。
ヘリ要請から11分後には現場近くのランデブーポイントに到着した。
静脈路ライン確保後、輸液と抗毒素血清の点滴を開始し、咬まれた部位を局所麻酔後、メスで切開し、浸出液・血液を搾り出した。
ER到着後、当直の外科の医師が治療を引き継いだが、咬傷部位からの血液の吸引法は、自分が初めて目にするものであった。すばらしい方法なので、是非これを紹介したい。既にご存知の方には申し訳ないが。(写真)
5mlのシリンジ注射器と舌圧子を用意する。
注射器の先端をはさみで切り落とし、内筒を逆向きに差し込む。そこで、思い切り陰圧をかけて引っぱり、舌圧子を適当な長さに切り、つっかい棒の役割にして輪ゴムで固定してできあがり。
ちなみに、あとでその吸引の強さを実験してみたが、見事に皮膚が膨隆して、有効なことが分かる。
沖縄では救急隊は救急車内に吸引器を常備しているが、吸引器がない場合には現場でも有効かもしれない。
これから、山や川など外に出かけるときは、みなさん十分に注意してください、ね。
外科の先生!ありがとうございました。
2008年6月29日(日)
2008年6月アーカイブ
70代の男性が左頸部の痛みを訴えて救急外来を受診した。
この日は、ちょうど救急外来が忙しく、看護師も検査や処置であわだたしく動き回り、医師は私一人だった。
診察室は患者と私の二人だけだった。
ゆっくり時間をかけて首の痛みを訴える患者の話を聞いてあげた。
「今日はどうされたのですか?」
「いやあ、なんだか左の首がなんといっていいのか、ちょっと何か変だなあと思いまして」
「痛むのですか?」
「いやあ、痛いという感じじゃないんですけど...」
手足の運動や感覚には異常がないようだ。血圧が160台と少しあがっているなあ。頭痛はないようだ。以前に心臓病の既往があるなあ。
「最近心電図とかとられているのですか?」
「今通っている病院で最近検査をしたばかりで大丈夫といわれました」
「いつのことですか?」
「1ヶ月前ですかねえ」
頭部CT、心電図など念のためにとってみようかな、と考える。
「それでは検査をしてみましょうか?」
患者は少し、首をかしげながら、
「うーん、なんだか先生とお話していると首の変な感じが取れたようです。私は心配性でねえ。実は、もともと元気であまり病気もしたことがないんですよ」
病は気から、ということなのかなあ。検査をすることをためらった。
「お住まいは近くですか?」
「いや、ちょっと離れているんですが、今日は親戚の家に泊まりに来ています」
「明日までにまた何か異常があったらいつでも来てください」
「わかりました。ありがとうございます」
握手をして、その患者は元気に帰っていった。忙しい合間の診療であったが、患者の話に耳を傾け、会話で患者の訴えを解消できたなあ、とさながら名医になった気分であった。
翌日の日曜日、仕事で救急外来に顔をだすと、夜勤の看護師が話しかけてきた。
「先生、昨日の患者さんでOOさんという方覚えていますか?」
「え?ああ、覚えているよ」
「実は、夜中OO救急センターからお電話があったんです。CPA(心肺停止)で搬送になったそうです」
「えー?本当か?連絡はつくの?」
「患者さんのこちらでの状況を聞きたいそうで電話番号を伺っています」
まさか、と高鳴る気持ちを押さえながら、病院に電話をかけた。どうも患者さんは昨夜実家に帰られ、そこで心肺停止になったようだ。搬送された病院ではCTなど精査をしたが頭部、胸部、腹部には異常がなく原因ははっきりしないとの事だった。
その後、しばらくして自宅にお邪魔しお線香を上げさせていただいた。とても暖かい家族だった。亡くなられた方の奥さんが、私に話しかけた。
「あの人はいつも大丈夫だ、大丈夫だと言っていましたが、気の小さい人だったんですよ。みんな家族がいる家の中で、ぱっとあの世に行ってあの人は幸せですよ」と、目に涙をためながら話してくださった。
私は、ただ、心に悔いる気持ちから言葉をかみしめながら話をした。
「私たちは患者を助けるためにこの仕事をしています。外来で見る時もできるだけ患者さんが何に困っているか考え、対応してきたつもりでした。でも、病院に来られたということはやっぱりなんだか異常を患者さんが感じられたから、だと思います。今回のご主人の事は一生忘れません。これからは、患者さんを診るときにいつもこの事を思い出し、二度とこういうことがない様に努力します。」
救急に来た患者さんには、名医は要らない。
100%はないのだ。どんなに経験をつもうと...。
医師になって21年目の名医になった気分の自分は、衝撃に打ちのめされた。患者にとって最良の医療とは何だろう。検査を過剰にすることが正しいとも思えない。本当に必要な検査をしなければならない。だが、救急の現場では症状が伴わず、例外に出くわす時がたまにある。そう頻繁ではないが、確かに出くわすのである。
一つ一つの症例が、何を訴えようとしているのか、これまで以上に考えながら、臨床に取りくむようになった。
そして、名医は要らないのだ、と。
今でも思い出す。診察時に家族が一緒にいなかったこと、診察室に医師と患者の二人だけだったこと。注意すべき問題点はあるけれど、1人の責任ある医師として、人間として、この出来事は決して忘れてはならない。
2008年6月27日(金)
救急ヘリ活動の現在の状況は、昨日は伊江島から骨盤骨折の搬送。当院の整形外科、麻酔科、放射線科の医師がERでスタンバイしたが、緊急の手術、血管造影は必要なくICU入院となった。
今日は、国頭村辺土名からの現場出動の救急ヘリ要請。午前10時ごろ、住民検診中の意識障害。現場に着くと、意識レベル3桁、左共同偏視、右上下肢の麻痺を認める。県立北部病院かかりつけとの情報があるため、県北に搬送した。
暑さも厳しくなってきている。そろそろ、出動のときも自分用と患者用にペットボトル持参が必要になってきた。?
平成20年6月18日
今、この時期に救急ヘリの実際と自分たちの思いを伝えることが大切だと思ったこと、自分の失敗談を教訓として特に医療従事者に伝えたいと思ったこと、日々遭遇する感動をいろいろな人と分かち合い、ちょっとした普段の生活で感じたことも話す機会があればいいな、と思ったこと、など、まあいろいろな思いがあってこのブログを始めた。
いろいろな意見を聞き、自分の学びのきっかけにもできたらと思う。
今回、MESH救急ヘリという、国や県の方針ではなく民間の現場から立ちあがったこの事業が、北部医師会の費用のバックアップを断ち切られ、いわば自分たちを支えてくれたものを失った中で、決して止めてはいけないという使命感がある。
国や県の医療問題に携わる一部の人たちにとっては、我々のやっていることは無意味にうつるかもしれない。何故なら日本のドクターヘリ事業は救命救急センターに設置すると国が決めているのだから。どう我々があがいてみようとも、救急ヘリは無理だと言ってしまえばそれまでのことである。しかし、自分たちの歩んできたこの道、患者のための医療をやろうという信念、患者を救うためには1分1秒がどれだけ大事かということをわが身をもって体験してきた事実は、決して無駄にはできない。自己満足では終わらせたくない。人のために尽くすという、この想いと夢が実現し、今、まさにそれが中断されようとしている時に、そこに全身全霊打ち込まずに、これからどう生きていけというのか。
現在、石垣島で開業をされている宮良長和氏の著書「立腹のススメ」に、次のような一文が載っている。
「背水の陣 どんな仕事でも捨て身にならなければ良心的に自分の満足のゆくようには出来ないし、又、社会の役には立てない。医者でもいざとなれば止める覚悟があって初めて良心的な診療が出来る」
この事業を継続するためにも、救急での仕事に真剣にならざるを得ない。
僕は、救急は本当に難しい、と思う。
何年やってきても、もう大丈夫ということはない。何の仕事もそうだと思うけど...。
いつか、そのことにも触れてみたい。
今日は、3件の出動でした。フライトナースの知名さん、初出動おめでとう。ドキドキしていたけど、大丈夫でしたよ。明日も頑張ろう。(記念に写真を撮りました)
2008年6月22日(日)
交通外傷は物理的外力によって引きおこされる身体の損傷であるが、同時に交通事故の経験は身体以外の症状も発現させる。特に、もともとストレスを受けやすい人はその傾向があり、交通事故そのものによる心的外傷、加害者の不誠実な態度、冷淡な保険担当者の対応、医療不信などの外因性ストレッサーが加わる。
特に自我の未熟な被害者では大きな怒りとなってそれが現れる。
今回の場合は、身体所見をとった後、外傷性頸部症候群と思われた。いわゆるむち打ち症の後遺症である。レントゲンを既に2回撮ったと言われていたので、ご主人も診察室に入っていただき、話を聞いた。MRIの予約を後日取ることにし、対症的薬剤を投与した。
結局は検査を何もせず、ご本人たちの訴えを聞いただけなのだが、説明の後半は、患者は涙を流され、今まで、いくら訴えても骨は異常がないと言われ流されてきた。こんなに話を聞いてくれたのは初めてだ、と言われた。
治療法は確立されていないが、文献では、Baliant式医療面接法が紹介されている。
?事故の状況図を共同で辿り状況後との心理状態を引き出し、傾聴、受容、共感、支持する。
?事故後の社会環境(加害者、警察、保険会社、医療者など)に対する、患者の立場からしかわからない心理状態を事故後から現在まで引き出し、傾聴、受容、共感、支持する。
?治療と結びつかない、不安をあおるような病態、画像説明は禁忌と心得る。検査画像を"大丈夫"と保証するためのアイテムにすることが、治療戦略上有益である。
ポイントとしては、良好な医師−患者関係が治療を成功させる大前提である。処方の基本としては、対症的薬剤(消炎鎮痛剤、抗不安薬、睡眠導入剤)、ノイロトロピン、抗うつ薬を投与することがある。漢方薬も有効であるので、試してみるのもいいかもしれない。
2008年6月21日(土)
仕事が遅く終わり、屋良朝春先生の絵画教室に向かう。気持ちを切り替えて教室のドアを開ける。
前回、次は絵の具を持ってくるようにと言われていたので、そのことを先生に告げた。
「そうか、そうか」、屋良先生はニコニコと、床に座り込んで絵の具箱を開けた。
18色の絵の具を暖色系、寒色系に分け、パレットにそれぞれの位置を決めてくれた。
この色とこの色を組み合わせたらこの色になる。この色とこの色の間にはいくつかの色があるからここは空けておこう。チューブから新しい色をゆっくりとパレットに置いていく。
パーマネントイエローレモン、ローズマダー、ミネラルバイオレット、コンポーズブルー、プルシャンブルーなどの素敵な名前の鮮やかな色がパレットの白い色に映える。
何故か、少し胸がどきどき、わくわくしてきた。
いい色を描こうと勢い込んで色を塗り始めた。
途中で絵を覗きにきた先生が、「ウーン、油絵みたいになってしまったねえ。水彩はもっと水を使った方がいい。」...「ウン、でも今日はこれでいいよ。今日はこのやり方で続けてごらん。来週に、また、改めてやってみよう」
あっという間に時間が過ぎる。キャサリンも(彼女は理学博士。沖縄の海に珊瑚を戻す運動を展開している自然愛好者)、先生から同じ指摘を受けていた。同じ仲間だねと言って笑いあった。
仕事を離れて、こんな時間が、心の緊張感を和らげてくれる。
今、目の前にいろいろな問題が立ちはだかる。その中で、いろいろな色のすばらしい意見も聞く。また、いろいろなネガティブな暗い色の意見も聞く。その色の持ち味を生かしていい色を描くのも、色を組み合わせて新しい素敵な色を作るのも、いい色を暗い色で浮き立たせるのも、すべて自分次第だ。
たった一度の人生。多くの色で感動させるものを創っていきたい。
2008年6月19日(木)
沖縄県でドクターヘリ導入が決まり、浦添総合病院に1機配属が決まる。そのことに関しては、県がドクターヘリ導入に踏み切ったことを大きく評価したいと思う。
何故、われわれが、北部地域に民間の救急ヘリを運航することにこだわり、その存続を望んでいるのか。県から見れば、沖縄に1機配属することで、離島を含め、救急搬送のシステムが構築されていると思われるだろう。しかし、長年救急に携わり、ドクターカーを含め現場出動をしてきた目から見れば、それは一部の面を見ているだけということが分かる。
交通事故など、外傷患者が、現場では声を出して意識もあった傷病者が、病院に搬送された時にはすでに心肺停止になっていたことを、これまで多く経験してきた。いかに、早く傷病者と接触し、早く初療を開始することの重要性を痛感してきた。
この北部地域は沖縄県本島の約半分の面積を占め、救急隊の現場への出動に長時間を要している。この時間との勝負が命を救うという、命題のもとわれわれは1年救急ヘリ事業に携わってきた。
われわれが北部地区で救急ヘリ存続を願う気持ちはそこから発している。単にヘリを飛ばしたいだけのヘリ愛好者ではない。
平成20年6月16日
